2週間でホテルを開業させた話。【エピソード 4】
人は、本当に悩んだ時。どうやら声を出すのを忘れてしまうらしい。
那須さんにホテルの案内をしてもらってから、随分と途方に暮れていた私は、話しかけられるまで、しばし無言を保っていた。
「moonさん…?」
はっと顔を見上げると心配そうな顔をした那須さんがそこにいた。
心配していても、しょうがないかもしれない。「無理かも」なんて思っていてもないも進まない。でも何からやれば…。
とりあえず那須さんに「一緒に、、やることを、、とりあえず洗い出してみませんか」と提案してみた。だって、『2週間でホテルが出来上がる魔法の裏技!』なんていうマニュアルは残念ながら、ない。ないなら、作るしかない。頼りになるのは、二人のこれまでのホテルや旅館での勤務経験、本当にそれだけだった。
ブックホテルをオープンさせるにあたってやった方がいいだろうな、と思いつくことをひとつずつ、書いていく。
それは時に、「バイトの採用」であったり「マニュアル作成」「本を購入」「宿泊サイト作る」といった当たり前のことから、「とりあえず、ゴミ袋欲しい」「とりあえず、Wi-Fi使いたい」といった日常的なものまで、実にさまざまだった。(この日は、かろうじて電気とガスこそ通っているものの、Wi-Fiは通っておらず、電話も使えない状況だった…!)
いくつもの「やることリスト」を緊急性の高さや重要度の高さで分類して、、、そして、字の通り、落ち込む。
やることが全く見えない状況下で、それでも思い浮かぶ「やること」は軽く100を超えた。
残された期間は2週間。週に2日のお休みがある関係で、実質は10日。
その間でホテルをオープンさせる。やっぱり、あまりにも無謀ではないのか。また、その現実がのしかかってくる。
私にはホテル運営の経験はない。ベッドの名前すら覚えられていない状態で、どうやって。
予約経路の確保、スタッフの募集、各種業者とのやりとり…。頭が真っ白になりそうだった。いや、なっていた。先行き不安。真っ白しろしろの純白の世界が広がっていた。
でも、どこかで、諦めかけている自分もいた。
「どうにかなるさ」で生きてきたけれど、こればかりは、絶対どうにもならないわ、と。
だから、とりあえず、休もう。と思った。
悩みのほとんどは、「疲れ」と「睡眠不足」が加速させる。
何かに書いてあった。
だから、頭がショートしそうになったら、とりあえず、一旦忘れて寝てしまった方がいい。
「無理だ」と口にしてしまっては、可能なことも全部白紙になってしまう。
大丈夫、と言うにはまだ大丈夫と全く思えないけど。。それでも。
ため息をつきながら、ホテルのエレベーターで4階に向かう。
そう。今日から私はしばらくここで暮らすと決めたのだ。
代表が最初はお客さん来ないだろうから、部屋を使っていいよといってくれた。
急な転職だったため、引っ越しが間に合わず、通勤時間は、2時間。ただでさえ、怒涛の日々が待っている。一刻も早く休める選択肢があるなら、と、すぐにお願いしたのだった。
キャリーケースたっぷりの1週間分の荷物を全て運び込み、持参したスリッパに履き替える。
なんやかんやあったけど、オープン前のホテルに泊まれるなんて、なんかちょっぴりワクワクする、かも。
「さーて!掃除してからくつろぐかー!」
清掃はされていたから、そのまま寝てもよかったけど、なんとなく。本当になんとなく、自分が使う前に、掃除機くらいはかけたいなと思った。
そんなこと後に回して早く休めばいいのだけれど、地味な潔癖症的な部分が顔をだす。たまに。
そうして、掃除機を取りに、部屋を出た瞬間のことだった。
がちゃん、と音がした。
嘘かもしれないほんとの話。
スマホやお金を含む全ての荷物を閉じ込めて、私はただ1人、廊下で立ち尽くした。
館内の全てのお部屋があくようになっている鍵(マスターキーという)も、部屋の中だ。
まずは、とりあえず、何事もなかったかのように、掃除機を元の場所に戻し、フーッと深呼吸をして、ドアノブに手を掛ける。
「わ。マジで開かない。」独り言が大きくなる。
「えっと、那須さんに連絡、、、あ。」
スマホは、どこにあるのだろうか?
「とりあえず、ご飯を買いに、そこからだ、、。」
スリッパで出ていくのか?
鍵はどうしめるのか?
それに…お金がないじゃん。
「焦るな。大丈夫。大丈夫。電話なら…」
まだ契約してないZE!!!!!
どうやら、とんでもないタイミングで、とんでもなく間抜けなことをしてしまったみたいだ、とようやく気がついた。
なぜ、スリッパに履き替えた、私...
なぜ、ホテルの鍵を持って出なかった、私...
落ち込んだ。
ホテルでゆったりまったり、過ごす妄想は、砕け散った。
なんだか笑えてきて、そのうちどうでも良くなってきて、
1人で大笑いしながら、フロントの裏の事務所に降りてゆく。
いつか食べようと思っていたたまたま春雨スープを、発見し、ラーメンだと思い込んで、大切に食べた。
とてつもなく、美味しかった。
そのうち、パソコンでLINEができることを思い出した私は、(パソコンだけは、フロントに置いていた!よかった…)外部と繋がる手段を手に入れ、歓喜する。那須さんに「明日、服と靴とお金を貸してください。」と連絡して…眠りについた。
翌日。
大爆笑している那須さんから、鍵を部屋の中に入れっぱなしにしてしまうことを「インキー」というのだと、ホテル用語を教わった。
それから2日間、鍵の再発行に時間がかかり、なかなか荷物と対面できなかったのは、もう忘れたい思い出。
那須さんの服を着て、那須さんにご飯を食べさせてもらって、どうにか生き延びた。
衝撃的な、ホテルライフのスタート。
さてさて、どうなってしまうのか…。
コラム
これ、作り話みたいだけど、ガチです。
本気で、扉一枚向こうに、大事なものぜ〜〜んぶおいてきてしまって、思い出すと笑えるけど、当時は絶望でした。
ただ、当時は、「連絡取らなきゃ」とか「どこで寝よう!」とかよりも先に
「このスリッパで買い物行ったら変かな?上着ないから寒いかな?何食べよう?」
と一発目に思ってました。どこまでも食い意地が張っている私。笑
さてさて、特に進展のないまま今回のエピソードは終わってしまいました。笑
このエッセイ風小説をどうにかこうにか終わりまで持って行けるように地道に更新していきますね。(広がってしまってなかなか終わらない。
エピソード4なのに、まだ1日目という。笑)
いつも見守ってくださる皆様、本当にありがとうございます。
これまでのあらすじはこちらから。
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書いた人:moon