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2週間でホテルを開業させた話。【最終話】

「ようこそお越しくださいました。記念すべき、第一号のお客さまです。」

私にとっての忘れられない2週間が、きっとこれからも忘れたくない2週間が、そこにあった。

オープンしてからの目まぐるしい毎日も、うまくいかない葛藤も。
でも、何もわからないまま、何も見えないまま作り上げた軌跡は、決して無駄じゃなかったと思う。

私の支配人としての挑戦は全て、ここから始まった。

はじめからよむ



進んでいるような後退しているような。

進捗共有ができると話題のアプリを使って、那須さんと業務を分け合うことにした。那須さんは、コツコツとやるべきことを進めていく。

私はというと…、「あれもしなきゃこれもしなきゃ」とTODOリストを追加していくばかりで、タスクは全く消えていかないどころか降り積もるばかり。案内ガイドを作っていれば、お客様にご案内するためのメールの文章を考えたくなるし、プリンターの初期設定をしていれば、清掃のガイドラインを作りたくなる。

はっきりいって、多動。それに尽きる。

業務を淡々とこなしていく那須さんは、はるかに私より効率がいい。なんだか、悔しくて、悔しくて、「ちゃんと優先度が高いものからやって?」なんて、思ってしまう。自分は、何一つ終わっていないくせに。

追い詰められた私は、自分をただ否定することしかできない。
いま誰かに「今日何の仕事してたの?」と聞かれても、すぐには答えられない。悔しい。時間の使い方、パソコンの使い方。何もかも初心者の自分に嫌気がさす。

一体、どの辺が、どのあたりが「支配人」に向いていたのだろう。なぜ私だったのだろう。

そもそも、都内のど真ん中に立つ、12階だての大きな大きなこのホテル。お客さんからクレームが止まなかったらどうしよう。少数スタッフでどうやって運営していこう。いや、そもそも働くスタッフが見つからなかったらどうしよう。

結局、仕事をしてもしても、「不安」に支配され、思ったように進まない。そして、精神的な疲労だけを残したまま、ただ時間が経っている。

それでも、悩んでも悩んでもお腹はすく。不思議なくらいに、お腹は空気を読めないらしい。

低血糖の私の機嫌の悪さは天下一品。

ホテルの近くの中華屋さんに足早に駆け込む。大盛りの炒飯を食べながら、ふと、ため息をついた。そうだ、頼みたかったのは中華カレーだった。

学生の頃に父が美味しい炒飯の店を探し求めた話を永遠と聞かされているうちに、私もいつしか、「中華に行ったらとりあえず炒飯」が鉄板になってしまっていた。

追加で頼んだ小籠包の、肉汁が溢れ出て火傷する。この世界には、溢れれば溢れるだけいいものもあれば、溢れすぎると逆効果なものもあるなぁ、などとよくわからないことを思う。

代表は期待をしてくれている、のだと思う。だからこそ答えたい、答えなければ。
ただ焦るだけでは何も進まない。けれど、ひとつひとつ淡々とこなしていくだけの器用さはまだない。

何をすればいいかわからない私を救う、肉うどん。

今日も、気づいたら1日が過ぎた。うまくMacBookを使いこなせない。自分を責めながら各種資料を作っていく。

「あ、支配人、(らしい)です。」と、心の中で言い訳しながら業者さんとのやり取りをする。

疲れた、今日もたくさん疲れた。

気づくと、カレーの匂いに誘われて入ったうどん屋さんで、牛すじ豆腐とビールを頼んでいた。

店に入るまでは「カレーうどん」一択だったのに。どうして注文するときには思っていたことと別のことをいうのだろう。誰かこの現象に名前をつけてほしい。

たとえばそれはほら、優柔不断な友人に早く決めさせたくて、ファミレスのベルを鳴らすような。でもサイゼリヤは最近、注文を紙で書くように変わったんだっけ。

カレーうどん。メニューに見当たらないそれを探すより、「1人飲み」をしてみたかった。偶然にも今日は肉の日だったと気づく。

本当はこんなふうに、行きたい時に行きたいところに、感じた時に感じたままに動く、そんな私でありたかった。なかなか自分の思い描く自分になれないことに悔しくなる。苦しくなる。

今、自分の可能性や自分の飛躍距離を全部狭めているのは、紛れもなく、私自身だ。

正直、詰んでいる。

母親にLINEで「詰んでる〜」というと、「何?」と言われ、「詰む」を言語化できずにまた詰んでいる。詰んでるんだよ。とにかく。

衝突して、クラフトビールで和解して。

プライベートで、那須さんのことを「那須ちゃん」と呼ぶようになった。
那須さんも私のことを「月ちゃん」と呼んでくれる。

これは二人でいる時間が知らず知らずのうちにそうしているものであり、女子(あえて女子、という)特有の、美容や、健康や、恋愛や仕事観などを話していくうちに自然に変わってきた関係性に起因している、と思う。

那須ちゃんは、とにかく美人だ。これは、もう、悔しいけど、めちゃくちゃに美人だ。

なのに、意外とワイルドだ。那須ちゃんは、「カクテルで酔っちゃうんだよね〜」と言ってそうな顔して缶ビールを箱買いしている。帰宅すると、「手洗い、うがい、はいビール」らしい。好きだ。そういうところ。

那須ちゃんは、ジャンクフードも好きだ。私は、隠れ栄養オタクだから、那須ちゃんとの食事スタイルとは真逆。

那須ちゃんがピザを頼めば、私は豆腐サラダを頼む。那須ちゃんがカツ丼を頼めば、私は鯖定食を頼む。そんな感じ。

毎日毎日ホテル近くのコンビニで、那須ちゃんがいつもレッドブルを買うの好きだ。
那須ちゃんはブラックのコーヒーが飲めない。そこも好きだ。

思えば、私の好きなものを彼女は嫌いで、私の嫌いなものを好んでいるのかもしれない。

反対すぎて、好きだ。

そんな那須ちゃんと、ここにきて衝突したのである。

あの日。普段はリモートで勤務している代表とミーティングをしたばかりの私は、現状の課題を全部自分で解決しようと躍起になっていた。

空回りをしていることには自分でも気づいていたけれど、認めたくなかった。

その時、那須さんはテレビの各種設定を変更しながら回ってくれていた。

「あのさ。やることたくさんあるからさ、順番つけてやらなくちゃだから」

当たってしまった。完全に。

すぐに険悪になった。テレビ設定だって、やらなきゃいけない仕事だ。オープンを後1週間後に控えていると考えれば、どんな仕事だって「ひとまず終わらせないといけないこと」に変わりはない。にもかかわらず、私は那須さんを責めてしまう。

「お昼食べたの?」
那須さんにそう聞かれたけど、「そんな時間ないから!」とイライラしながらパソコンを打つ私。

那須さんの瞳が、何かを訴えているようだった。



帰り道。
那須さんの隣を歩く。

和解するチャンスが、欲しかった。

「どこか行くの?」
「いや、ご飯でも食べに行こうかなぁって」
「一緒に行く?ビール飲もうよ」

結局誘ってもらってしまった。

たくさんのクラフトビールを生で飲めるお店で飲み比べセットを注文。
先に口を開いたのは、またしても那須さんだった。

「もっともっと、頼ってほしい」
「やりたい仕事に集中できるように、私にもちゃんと仕事を振ってほしい」

那須さんは気づいていた、私が全てを一人で抱えようとしていたこと。「自分がやらなきゃ」「支配人なんだから」そう自分に言い聞かせ、自分だけで解決しようとしていたこと。そんなことうまくいくはずないし、私の仕事はそんなことだけではないはずだ。はずなんだけど。忘れていた。

「頼る」ということ。「休む」ということ。
何も、一人でやらなくてもいいじゃないか。そんな、誰にだってわかるようなことを改めて感じて、嬉しくて、落ち込んでいた自分も悩んでいた自分も馬鹿らしくなってきて。

ビールをたらふく飲んだ二人は、今までのわだかまりが嘘のように誓い合った。


「頑張ろうよ、あと少し」
平成生まれの私たち。仕事にお酒の力が必要な時だって、まだある。

こだわりを諦めた先にあるもの。

代表に、ホテル運営のいろんなことが不安だと嘆いてみる。
かえってきたのは思いもしない一言だった。

「3分のチェックインなら、30組なら90分で終わる。大丈夫。」
そんな単純計算、と思った。それでも、安心させようとしてれているのはわかった。

「みんなが一斉に来た時に、一斉にご案内ツアーみたいにチェックインをするとかも、面白そうですよね。」

面白すぎるけど。なんでそんな思考回路になるのか、と笑えてくる。

でも、普通のことを普通にやっていたら、2週間でホテルを作ろう、とは思わないだろうし。

やはり私はこの人についていくしかないし、悔しいけれどついていきたい、とニヤニヤしながら思った。

それから、代表の言葉を受けて、もっとフランクにホテルの方針を、決めることにした。誰にでも評価される素晴らしいホテルを目指すのは、やめた。
というか、間に合わないし、予算の問題もある。

那須さんとも話して、私たちは、私たちの手で、本を楽しむための仕掛けをどんどんつくっていく、それだけにこだわり抜くことにした。
本の好みは、あくまでお客さんのウケるかどうかより、私自身の「好き」をベースにする。

自信を持ってそうやって進めていかないと、どんなことも形になっていかない気がしたから。

自分にしかできない挑戦をしてみたいと思った。

「お客さんからもしこんな要望があったら」そう考え出したらキリはない。こだわりだしたら終わらない。

でも、お客さんと「本」を介してつながっていくことができたなら、もしかしたら従来のホテルのあり方を変えられるかもしれない。

本好きが本好きのためだけにつくるホテル。
そんなホテルだって、あっていいと思うから。

新しい仲間と、ともに。

さすがに私と那須さん2人での準備には無理が生じてきて、代表の知り合いをバイトとして雇うことになった。

マニュアルも何もないこの状況で何を頼めば良いのかどうかもわからない。
まずはとっ散らかった館内の清掃や、本の整理を頼むことに。正直、何をどこから教えたらいいか、考える余裕もなかった。

とにかく、「人手」が欲しかった。来てくれたのは、和田くんと、坂上さん。二人とも、明らかに頭の良さが際立っている。個性の主張大会があれば優勝しそうなその佇まいに、なんだかこちらが萎縮してしまう。

この場を和ませようとボケてみる。

「いやー!こないだ、ホテルに閉じ込められちゃってー!もうびっくりよ!!何にも取り出せないから、これ那須さんの服でさ〜」

「そう、だったんですね。大変でしたね。」

会話終了。あれ。これは気を遣われている。「こいつ大丈夫か?」と思われてる。まだまだ距離がある。

そりゃそうだ、いきなり出勤してもらって、もうすぐオープンするから良い感じに片付けをして、と言われ、そこで自虐ネタなんて披露された暁には…

ひとまずみんなで近隣店舗のローストポーク弁当をテイクアウトして食べた。夜はバルになるこのお店。なかなかにおしゃれで、気になっていた。

距離の縮め方は、ご飯とお酒。それくらいしか考えが浮かばない。単純だなと思いながら、いろいろな話をした。

正直、毎日の運営を考えたら、この二人だけに頼るわけにいかない。OPENまで1週間を切っている。求人をかけるのも、シフトを作成するのも私の仕事。
間に合うイメージが、全くできなかった。

そんな私を察してか、和田くんから提案があった。
「めっちゃくちゃイケメンいるんですが、バイトに誘ってみるの、どうですか。」

和田くんのその穏やかな表情から「めっちゃくちゃなイケメン」という単語が出るとは思わず、少し笑ってしまう。支配人としては、きっとしてはいけない判断だろうけれど、その「めっちゃくちゃなイケメン」に会いたくて、一度機会を設けてもらうことにした。

次の日、やってきた後藤君は、めっちゃくっちゃなイケメンだった。もうほんとうに、心も顔もパーフェクトなイケメンだった。

人は顔じゃない。と言いながら、「人は見かけが9割」だとも思う。
きっと、「顔じゃない」と思いたいだけで、かっこいい人はかっこいい。かっこいい人がいたら、頑張れちゃう。そんな事実は変わらないし、かっこよくてマイナスなことなんて何もない。

肝心の後藤くんはひたすらに謙遜していたけれど、芸能人ばりの彼の微笑みがわたしのやる気に繋がっていたことは、事実であるから隠さずに書く。

和田くんと、坂上さん。そして、後藤くん、那須さん、代表と、私。
代表が声をかけてくれて、オープン後すぐに津島さんと井上さんという学生メンバーも入ってくれることが決まっている。
これだけいたら、ひとまずどうにかなる…気がする。

まだまだ小さなチームだけど、いかようにも伸びる可能性に満ちた仲間たち。

きっと、大丈夫。
本が好きで、人が好きな私たちは、きっといろんなことを生み出せるし
きっと一緒に、いろんなことを乗り越えていけると思うんだ。

失敗しない人は、何もしない人。

気づいたら、プレオープンまであと1日というところまできた。

間に合ったといえば間に合ったし、間に合ってないと言われれば全然間に合っていない。
12階まであるフロアの本は全部揃っていないから、最初は2階と3階だけ開放することにする。

代表が宿泊業の許可証を前日の17時ギリギリに市役所に取りに行ってくれ、それを予約サイトに反映させていく。

何もかも、ギリギリ。
もう、どんなことをしたらいいか、逆にわかんなくなってくる。

こんな時こそ、本を開く。

自分にとって優しいと感じる言葉だけを選んで読んでいく。

「失敗しない人は、何もしない人」

うん、そうだよね。きっと
何もしない人よりは、何かしているこのことに意味があるよね。
そう、自分を鼓舞するように。自分を慰めるように。


12階建てのホテルを見上げる。


大丈夫、そう思って今は進むしかない。




「ようこそお越しくださいました。記念すべき、第一号のお客さまです。」


私にとっての忘れられない2週間が、きっとこれからも忘れたくない2週間が、そこにあった。


オープンしてからの目まぐるしい毎日も、うまくいかない葛藤も。
でも、何もわからないまま、何も見えないまま作り上げた軌跡は、決して無駄じゃなかったと思う。

どんなに不可能に思えることでも、何もしなければ何も進まないし、進めようと思えば、案外どうにかなることだってあると気づいた。

「不可能」だと思ったら、何にもできない。それを超えていくためのパワーは、勢いとともに身についてくるものなのかもしれない。


これから始まる物語、神保町から始まる物語。


日本中の人に本の魅力を伝える冒険が、今始まる。

どうしたって怖いけど、
どうしたって無理だと思ってしまうけど。

私は私を批判しない。
私は私を諦めない。

まだまだ始まったばかり。これからも、絶対に大変なことばかり起きるだろう。

それでも、きっと大丈夫。

「絶対に、うまくいく。」

今は、そう思えなくても、まずはそうして口にしてみる。

そこから始まっていくことだって、絶対絶対、あると思うから。



あとがき

「2週間後にホテルをオープンさせる」
そう聞いた時、嘘でしょ、と思いました。スタッフもいない、コンセプト作りもこれから…。そんなまるっきり白紙の状態から、2週間で何ができるのか、と。

もう無理だ、と何度も何度も思いました。でも、諦めたくないと思って、チャンスだと思って、必死にもがいてきました。

これは、2021年12月1日、BOOK HOTEL 神保町がプレオープンする前の
11月16日からの私の毎日を、事実そのままにまとめたものです。

「絶対この経験をコンテンツにする。」
それだけが私のモチベーションになっていました。

小説風のエッセイとしてnoteを書き始めたものの、なんだか気恥ずかくて、最終話だけはお蔵入りとなっていました。

でも、どうにかしてこの作品を完成させ、世に出したかった。このまま下書きにしておいても、誰にも知られない…それは嫌だったから。


こんなにがむしゃらだった。
こんなに、手探りだった。
みんながいたから、ここまで来れた。


これだけ濃度が濃かった2週間のことを私は一生忘れません。

あれから、時がたちー。
BOOK HOTEL神保町は2022年10月にリニューアルオープン、2024年には京都にもオープンすることができました。

私たちはこれからも。全国各地の本好きの皆様のために、面白いことをやり続けていきたいんです。

これからも、全力で足掻き続けます。

どうぞ見守っていてください。よろしくお願いいたします。

moon


おまけ。

今はもうみられない、当時のフロントの画像を貼っておきます。

初めて迎えるクリスマス。近隣の古書店から大量にクリスマス本を購入して並べた私。
初めての企画棚。さまざまな角度から恋愛に関する本をピックアップ!



最後までご覧いただき、本当に本当にありがとうございました!



Fin


最後までご覧いただき、ありがとうございます。 ぜひあなただけの1冊を探しに、遊びに来てくださいね。