見出し画像

2週間でホテルを開業させた話。【エピソード 3】

こんにちは、神保町。

「A1出口から、歩いてすぐかぁ、見つかるかなぁ」ふと声が漏れる。

独り言が多くなったのは、一人暮らしを始めてすぐのことだった。

方向音痴な私は、待ち合わせ時刻の30分前には必ず集合場所の最寄り駅に着くように乗り換え案内を設定するようにしている。

たとえ目的地が、駅から徒歩1分圏内だとしても、だ。

多くの友人にこれまで「用意周到すぎ!」「真面目かよ!」と笑われてきたけれど、極度の心配症と、度肝を抜くような方向音痴の辛さは彼女らにはわかるまい。ちなみに、混沌とした東京の街は、「出口」が何よりも重要だ。誰しも寛大に迎えてくれるこの地では、入ることは簡単にできても、抜け出すことは難しい。東京には出口がたくさんある。A4があったかと思えば、B5もある。紙のサイズじゃないんだから。神保町にも、そんなふうにAやらBやらがあるに違いない。

この「出口システム」に気付けないと、東京は攻略できない。地上に上がった瞬間、血迷うことになる。
今でも忘れない。#上京#新宿駅#辛い#合流できない
西口に出るための闘いが、ホームから始まっているのだと気づいたあの時、南口のニューマンを見ながら、絶望にも近い何かを感じた。きっと今でも、私のような地方出身者がたくさんいるんだろうな、と思う。ぜひ高校卒業の際には、乗り換え案内講習会なるものを開催してほしいと、切に願う。

目的地となるホテルは、だがしかし、何も心配する必要がないほど、あっさりと見つかった。地下鉄半蔵門線、神保町駅A1出口。
誰が見ても「A1」はここだけだった。心配して、損したかもしれない。

A1出口を登ろうとすると、目の前に突如、階段ばかりの「運動コース」とエスカレーターで進む「ラクラクコース」が出現。

万年ダイエッターの私は、迷わず。「今日は緊張しているから、明日から」と呟いてラクラクコースを進んでいく。意志の弱さたるや。

エスカレーターを登り切ると、美味しそうなうどん屋を見つけた。「カレーうどん」「うどん持ち帰り」自分にとって欲しい情報を頭の中でメモしながら進む。

「吉野家」を過ぎ、おしゃれなブックカフェを過ぎると、どどん!と大きな建物が目の前に現れた。

あれ、簡単についてしまったようだ。電気はついておらず、誰もいない。当然鍵もかかっている。約束の時間まで後42分。

「あー、やっぱり、早すぎた。徒歩1分って本当なのかぁ。」

結局のところ、心配性の私は、結局いつもこうして時間を持て余す。

これだけ時間があれば少し遠くまで足を伸ばせそうだが、帰ってくる道がわからなくなると怖い。だが、ここで立ち止まっていても仕方あるまい、と何度も振り返りながら、とりあえず、あちこちを散歩し始めた。

朝からやっていた古本屋を見つける。この世界に本があって、よかった。本があれば時間は簡単に潰れる。

今日は、私以外のもう1人の社員の那須さん(この人が副支配人となるらしい)と初めて会う。那須さんは、このホテルで元々働いていた経験があるとのことで、案内をしてもらうことになっているのだ。事前にLINEを教えてもらっていたけれど、やりとりは今日が初めてだから、緊張する。

「40分前から待機してました」では恥ずかしい。もう少し経ってから連絡を、いややはりこんなところで立ち読みなんてしていないでタリーズにでも行っていようか、でも迷ったら嫌だな、そんなふうにあちこちをぶらぶらして、落ち着かなくなって古本屋に舞い戻って、でも手持ち無沙汰になって、またぶらぶらして、そんなことをしていたら約束の時間が迫ってきた。

「おはようございます。那須と申します。どうぞよろしくお願いいたします。今、到着しましたが、少しコンビニによって参ります。」

約束の突如届いたLINEを見て、「めっちゃ丁寧」思わず、声が漏れる。LINEでGmailばりの丁寧な対応をしていただいて、恐縮する。

と同時に、頭の中で、那須さんについての想像まとめサイトが始動する。那須さん。アイコンは可愛い系だったから、多分ディズニー好き、今はコンビニできっとカフェオレとパンを買っているとみた。(知らんけど。)口調が丁寧で待ち合わせ10分より前に連絡くれる、うん、絶対いい人。

こういう時のわたしのカンは、ほほ的中する。
よし。LINEの返信をしようとすると、やはり先を越されてしまうのか、目の前に、頭で想像していた通りの、穏やかで優しくて可愛らしい「那須さん」がそこにいた。「あっあっ、あの。」テンパってどうする。美人すぎて、後ずさってしまう。せっかくの第一印象が、、古本立ち読みしながら挙動不審とは。悲しい。だって、ここまでの美人さんなんて、想像していなかったから…。

那須さんは、挙動のおかしい私を見て「もしかしたら」と、コンビニに行く前に声をかけてくれたらしい。悲しい。

ここからは元気いっぱいに笑顔を振りまいていこうと思う。
「あの!えっと、少し早く着いちゃって、色々見てました。moonと申します。」
「初めまして。那須です。moonさんとは同い年、とききました。」
「お!94年生まれです?」
「えっと、私は早生まれなので、95年ですが、そうですね!今年27歳です!私元々このホテルで働いてて…」
「あ!そういうことなのですね!私も、旅館で3年くらい働いてました。」

とまぁ、人は共通点が3つあればすぐに仲良くなる。
とんとん拍子とはこのことで。

「女子同士・同い年・ホテル業の経験あり」

これだけの共通項がありながらも、これから、未知のジャンルを二人で開拓していくとなれば、そりゃあ初日から意気投合するスピードも速い。

自己紹介の後は、お昼ご飯を買いに、ファミリーマートに行った。那須さんは、カフェオレのコーヒーとレッドブル、(お!カフェオレ買うと思ってたーと思った。)それから納豆ネギトロ丼を。私は、ブラックコーヒーと、サラダとたらこパスタを買った。お昼にレッドブルをキメこむ感じ。初対面で納豆選ぶ感じ。うん、なんだか、とてつもなく好きだ。馬鹿にしているわけではなく。もうこの頃から、那須さんとはうまくやっていけるな、と確信していた。

「ところで、那須さん、昨日は何を?」
そう。那須さんは、実は私より1日早く入社をしていたのだ。


「えっと、ガスの開栓ですね。moonさんがここに泊まると聞いて」
「ガス、、、。あ、ありがとうございます。」
そういう系は終わってるかと思っていた。え、0からすぎないか、、お??

「あとは、OTAの登録してました。リスティング作ったり。」
「お、おーティ?リス??」
「あ、予約サイトで部屋やプランの登録をしてました」
那須さんがそう軽やかに応えるから、私は少し、慌ててしまう。

「那須さん、予約担当とかだったんですか?私そういうこと疎くて。」
「いやいや!そんなわけないじゃないですか!見よう見まねです!moonさんの方が絶対すごいですから!」

謙遜し合いっこを早く無くしたいところだけど、それ以上にホテルをつくるということに対して、恐怖が湧いてきた。
え、そこからやるの?なんか、その辺は全部整っていて、後はマニュアル作るだけ〜とかかと思っていた私。
どうしよ、やばいかも。

呆然と立ち尽くしながらも、ひとまず館内案内をしてもらうことになった。

「うちは、12階建てなんですよね。お部屋タイプは5つあります。それぞれ2階から11階までは、フロアに3タイプずつあります。ダブルが1つ、ツインが2つです。ただ、最上階はお部屋が2つだけです。1201号室は、ワイドダブルのベッドが2つ、1202号室のお部屋はセミダブルのベッドが2つあるんですよね。それで、」

だめだ、全然頭に入ってこない。そもそも、横文字に弱い私の頭のなかでは「ダブル」「ツイン」「セミダブル」「シングル」など、色々な文字が踊っている。

やっていけるか不安、だった気持ちは恐怖に変わりつつあった。部屋の構造を把握していなければ、お客さんに聞かれても、困る。支配人なのに、「わかりません」ではまずい。「覚えればいい」そんなこと、今だから言えるだけで、渦中にいるときには気づかない。

初日から、不安しかない。

あと2週間。


あれ。わたし、大丈夫かな。

(続く)

コラム

今回は、副支配人との出会いについて書きました。BOOK HOTEL 神保町の支配人、副支配人はこちらにも書いたように、同い年。
OPEN前は、26歳、27歳でした。
正直、これまでの経験はほとんどなし。2人ともホテル業、接客業をやったことはあっても、人の上に立つ、新しい事業を立ち上げる、なんて未知の世界でした。
「支配人」「副支配人」この肩書と、プレッシャーに苦しめられることになります。

那須さんとmoonは、コンビニで買うものを見ても全く趣味の異なる2人ですが、『相当の責任感』を持っているところはすごく似ていて。お互い、不安でおかしくなりそうになりながらも、どうにか乗り越えてきました。もはや戦友です。

1日目。この日は今思い返しても、
「え。大丈夫かな。え、無理じゃん?」とずっと思っていたことを思い出します。ただ、これはほんの序章。
ここから、怒涛の2週間が始まるのです。

続きもよかったらぜひご覧くださいね。

これまでのあらすじはこちらから。

マガジンのフォローをしていただくと、見逃さずにチェックできます👀✨




みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

最後までご覧いただき、ありがとうございます。 ぜひあなただけの1冊を探しに、遊びに来てくださいね。