泣きたいくらい忙しい時に、いつも私を助けてくれた1冊について。
忙しくて、泣くような時間はなくて、ある固定された枠の中で生活している、そんなふうに思ってしまうときにおすすめしたい本があります。
私にとって、なかなか逃れられない大切な本。
一時忘れても、いつの間にかまたふと現れる、不思議な本。
「こなす」ことに慣れてしまって、「感じる」ことがどこかへ行ってしまう。それを、文章の強い吸引力でガッと戻してくれる。思いっきり「感じる」に振れる。
そんな本。
それが、
フランソワーズ・サガン『悲しみよ こんにちは』
です。
この本の存在に何度救われてきたことか。
何度、手を伸ばしてしまったことか。
この本を引っ張り出すときに私が思っていることは、たいていこう。
「ヘルプミー!」
大人としての生活に疲れていて、世の中の進みが早く感じて、どうにか自分を取り戻したいとき。
そもそも大人は感傷に浸る時間が少なすぎるから。
目の前の仕事を必死にこなさないといけないし、
もはや弱音を吐いたり泣いたりしている場合じゃないことが多い。
そこを、あえて、少女の自分に戻って、じっくり「悲しみ」を味わう。
そして、自分の心を取り戻す。
そういった、自分にとって浄化の作用がある本がお守りのようにあることで、多少、世知辛いこの人生を豊かにできるのでは、と思っています。
この本に出会ったのは、高校生のときでした。
受験シーズンで部活動が減り、時間ができ、高校の図書館に足を運んだ私。
何を読もうかと本棚に手を突っ込んでいると、ふと目に入ってくる。
何度逡巡しても、なぜか気になってしまう。
陰気そうなタイトルのためか、どうしても借りるまでには至らない。
最後には、図書館の司書さんに「私これ読めると思いますか?」と相談して、(笑)ようやく手に取ったのは3ヶ月後くらいでした。
だがしかし!この時の感想は、「格好つけていてピンとこない」。
この作品は、サガンが18歳で書いた処女作。
1つ年上のお姉さんの感性を、私は感じることができなかったのです。
それから大学生になり、恋もして、別れもして、将来に夢を見て、あの時より少しだけ大人になったある日。
ふと「もう一度読んでみよう」と思い立ち、今度は本屋で買いました。
それが、もう。
めっちゃくちゃ面白かったのです。
たった2年ほどでこうも変わるのかと。
「成熟が読書を変える」と教えてくれたのは、間違いなくこの本です。
基本的に些細なことしか起こらない。
でも、その間に人間がどれど心を動かしているのか教えてくれるほど、いちいち心の動きが描写してあって、リアルな、現実の世界を、ものすごい解像度で見せてくれるようです。
そうそう。この複雑な、なんとも言えない感情はこれが原因だったのか。
「こなす」ことに慣れてしまって、「感じる」ことがどこかへ行ってしまう。それを、文章の強い吸引力でガッと戻してくれます。思いっきり「感じる」に振れるー。
セシルの気持ちを追っているうち、だんだんと「悲しみ」が近づいているのを、読者は予感します。けれども、そのラストは、予想していた「悲しい」を上回るものでした。
セシルの「悲しみ」。
それは思っていたよりもずっとずっと、不思議な感情でした。
改めて私たちがいかに固定された枠の中で生きているのかということを実感させられます。
この本は、そんなふうに決めつけるんじゃなくて、新鮮に、「悲しみ」に向き合っているんです。
読み始めた頃から年月が経ち、完全にセシル側だった自分が、大人の登場人物たちにも近づいていることが、最近なんとなくわかってきて。
感傷的でナーバスになっている時こそ、立ち止まって、感情に「向き合う」。
そんな時間が、私の人生では、今も、そしてこれからもずっと必要なのだと思っています。
忙しない時代を生き抜くみなさま。
ぜひ、あなたも手元に置いておきたい、お守りの本を、見つけてみてください。
何度も読むたびに思わぬ自分を発見し、新鮮な心地が味わえると思います。
そして、そんな大切な一冊に出会えた際には、人間関係と同じように、細々とではあっても、縁を切らさないようにしたいですね。
「前へ、前へ」じゃなくていい。ふと、立ち止まる心地よさを。
選書・執筆:BOOK HOTEL 神保町 スタッフ木村
編集:moon(BOOK HOTEL 神保町支配人 三浦菜月)