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【本を読むということ】ブックホテル神保町の支配人が語る、「読書」の真髄。(2)本が読めないときも、ある。

「本が読めない時」って、あるんです。
どうやったって、やる気が出ない時があるように、
どうやったって、起き上がることができない時があるように
どうやったって、どうやったって、「読めない」時があります。

わたしはこれまで、ずっと本好きを公言してきました。でも、そんな本好きの私であっても、「読めない」ときはくるのです。それも、定期的に。

このお仕事(ブックホテルの支配人)をしているからには、できるかぎりたくさんの本に触れたい、読みたい。
その気持ちはヤマヤマなのですが、そううまくはいきません。
むしろ、「読まなきゃ」と思いすぎるがあまり、空回りしてしまうこともあります。

ふと思いました。そういうとき(=読めない時)ってどんな時なんだろう。

そこで、今回は、「読書」という行為を因数分解して、「本を読めない時」がどういう時なのか、深掘りしていきたいなと思います。

(ちなみに、前回はこんな記事を書きました⇩)

・本の数は星の数ほどある
(世界には「2010年時点で1億2986万4880もの本が!)
・本を「読まなきゃ」と思う読書は辛いから、読もうとしなくていい
・読書は「気づいたら、読んじゃっていた」そんな圧倒的な没入体験があるものでいい
・本を読むこと、それは「自由であること」だと思う

(ありがたいことに、noteの「今週一番スキしてもらった#読書の記事」に…!やった〜!)

今回はその記事の続きとなります。


読書ピラミッドを書いてみました。

まずはじめに、私の考えたこの読書ピラミッドをご覧ください。
(完全オリジナルです。あくまで私の一意見です!笑)

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「読書をする」前段階にあたるのが、

①本と出会うこと

②本を読もうと思うこと

だと私は思います。

①から見ていきましょう。

・本と出会うこと

その出会いにはいくつか種類があるように思います。


・まずは、偶然の場合(その本を読もうと思っていたわけではない)

・本がたまたま家にあった
・友人にプレゼントでもらった
・なんとなくいいなと思って購入した(借りた)

・そして、必然の場合(その本を事前に読もうと決めていた)

・広告やSNS等で気になっていたため、購入した(借りた)
・おすすめされて検索し、購入した(借りた)

なお、

・「◯◯に関する本が欲しい」「〇〇さんの本が欲しい」
という広い枠だけ決めており、書店や図書館に行ってから選んだケース。

・書店員さんのPOPを見て、その場で欲しくなったケース

という「偶然」とも「必然」ともつかないケースもあります。(これが一番多そう…。)

そしてお次は、「②本を読もうと思うかどうか」ということ。

これに辿り着くためには、もちろん①のルートもありますが、それ以前に
基盤となる「土台」(環境条件)が重要なのではないかと思うのです。

土台は以下のようなことが考えられます。

身体が、元気なのかどうか
疲れを溜め込んでいないか
きちんと眠れているか
ストレスを感じてはいないか
対人関係や仕事の悩みはないか
目は疲れていないか
怪我をしていないか
空腹(満腹)ではないか


私は、本を読むことは、一種のマインドフルネスなのではないか、と感じています。そのため、こうした「本を読むための環境条件」が整っていないと、本と仮に出会えたとしても「読もう」というところまで行かないと思うのです。

本を手に取ったのに、思ったように読書が捗らない。
この原因はもしかしたら、自分の内面に原因があるのかもしれないということですね。

私自身、これまでに何度も「読みたいのに読めない」という状況になったことがあります。特に社会人になってからは、子供の頃のように無我夢中に読書をすることができず、悔しく感じることも多くありました。

気持ちがざわざわしていたり、お金がない、などの不安要素が頭にあったりすると、意識が読書にいきづらい。また、仮に読書をしていても、なかなか没頭できないことでしょう。

だから、最近は、「読めない…」という時期は割り切って、思いっきり寝たり、動画を見たり(受動的な趣味を選択)して過ごすようになりました。そんなふうにしていると、急に「あ、読みたい」と思う日がきます。それまでは、本のことを特に意識せずに過ごすのです。

そんなふうに、本を読むためには、そのための「準備」がたくさんいると思うのです。

*「土台」が不安定である時だからこそ出会える本だって、もちろんあります。(私の場合は、心理学や漢方、ヨガの本などがこれにあたります。)

本を読む、を因数分解してみた。

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さて、上記は、私が思う「本を読む」を因数分解してみた、の図です。笑
(またまた手書きで失礼します。また、これも一意見です。念の為。笑)

「本を読む」という行為はまず、「本」と「読む」に分かれます。

まずは「本」から考えていきましょう。
「本」と言っても、さまざまな要素があります。

たとえば、どんなサイズの、どんな大きさのものを指すのか。 

誰が書いていて、どんなジャンルで、読みやすさや読み応えはどのような感じなのか。

今の気分に合っている本なのか。


その上で、「読む」について考えてみます。

「さぁ、本を読もう」と思っても、「この本、良さそう」と思っても、読もうとした場所がうるさかったり、誰かの視線が気になったりしたらなかなか進みませんよね。

「読む」ための時間や環境、これもかなり重要だということになります。

そもそも、図書館が近くにない場合は、お金に余裕がないと、本を手に入れること自体、難しいかもしれません。


本をセレクトし、本を読むための環境を整備する。
そんな、いくつもの条件をクリアして、「本を読むこと」ができるわけです。果てしない。

本を読むこと自体が壮大なドラマのようですね。

なんだか、「本」を読むこと自体が奇跡だなぁと思えてきませんか。。?

本を読む、の「その後」を考える。

近年多くの著名人の方が口を揃えて、「本を読んだ方がいい」と言っていますよね。私個人としては、その理由は「受け身ではない媒体で情報を取捨選択」し、「自分で考えて動く」ことが求められているからなのかなと思います。

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そのため、「読書をした方がいい」には、この、ピラミッドでいうところの④感じる、知る ⑤生かすというところまでが含まれているのではないかと思います。

つまり「読みっぱなしにしない」ということですね。

④知る、感じる
というのは詩集を読んで、心を揺さぶられたり、明日からできそうなことを考えたりすることが含まれます。

⑤活かす
というのは、ビジネス書を読んで思いついたアイディアを実際に会議で提案してみることなどが含まれます。

そんな「次につながる」アウトプットを行うことは、「成長するため」に欠かせないことだとは思います。

にしても、です。

「本を読む」は、毎回が毎回、そういった目的がなくてもいいと思うのです。

「①本と出会う」で終わる日も、「③本を読む」で終わる日も、あっていい。

途中でやめたり、1行だけ読んで、いいなと思ったコトバに基づいて行動したり。

そんなことがあってもいいのです。

「読みたい時に」読めばいいし、

「読みたい本」と出会えたら、それはもう驚くほど味わい尽くしてしまえばいい。

「読めない」時は、読めなくて、いい。

読めない自分を責める代わりに、自分と向き合う時間にする。

「読めない」時すら含めて、読書。

やっぱり、読書は自由であっていいのではないかと思うのです。




また、書きます。



執筆:moon (BOOK HOTEL 神保町 支配人 三浦菜月)


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